1.
12月の空気は鋭利な刃物のように冷たく、外気に触れた手先が痺れて感覚がない。クリスマスが近づくと共に、寒さが一向に強まってきている。今年の12月25日は雪が降るだろうか、ルコが空を見上げて吐いた吐息が白く染まって消える。
村の真ん中には質素だが教会が建てられている。ドアにはリースが飾られており、クリスマスの準備が進められているようだ。讃美歌の練習をしているのだろうか、澄み切った歌声が聴こえてくる。
ルコの隣にミミは居ない。寒さのあまりベットから出ようとしないので、仕方なく置いてきたのだった。
「大魔法師は風邪など引かんっ!」
そう、豪語していたクロモドだったが…案の定、この厳しい寒波の中で体調を壊し、高熱を出して倒れるという失態を犯したのであった。そこで9人の遠征隊一行は、静かな山間の村で休暇を取ることにした。この村の外れにある森の奥にはサンタクロースが住んでいるという言い伝えがあるらしい。
村の様子も掴めたし帰ろう、絶え間なく薪を焚いている暖かい暖炉が恋しい。ルコは足早に皆がいる宿屋へと戻って行った。
「ねぇバルマン、村はずれの森にはサンタクロースが居るって本当?!」
ピンコは半信半疑という表情だ。
「うーむ。俺も見た事ないからなぁ~。」
シュバルマンは腕を組むと首をかしげた。
「サンタなんて…居ない。だって、私の所には一度もプレゼント持ってきてくれなかったじゃん…。」
「ピンコ……。」
呟くように言った彼女はロボの顔を見つめると、プイっと顔を背けた。シュバルマンはどう答えたら良いのか言葉が見つからない。
「ピンコ……姿は見えないかもしれないけれど、サンタクロースは居るわ。信じていれば、きっと逢える。」
イリシアは優しい笑顔で諭すようにピンコの肩に手を載せる。全くサンタクロースを信じていなかったピンコだったが、彼女の言葉にちょっと照れくさそうに頷いた。隣で話を聞いていたソーマも「そうですね。」と淡い微笑を浮かべている。
「この村の外れにある森でわしは見たんじゃっ!長年トゥリモンの生態を研究しているわしの目に狂いはない、あれはクリスマストゥリモンじゃ。奴らの大好物はサンタクロースが用意しているクリスマスプレゼントなのじゃよ…毎年サンタクロースはプレゼントを盗まれて困っているんじゃ。」
虫取り網に虫籠、大きなリュックを背負ったまるで、彼自身がトゥリモンのようなお爺さん。この顔には見覚えがある、トゥリモン研究科のデュモンさんだ。
「それは大変ですね、我々がデュモンさんの代わりにサンタさんのプレゼントを取り返して差し上げます!」
デュモンさんの隣にはアエルロトが真剣な顔で頷いている。
「ちょっと待て、アエルロト何を安請け合いしている?!というか、サンタクロースって本当にいるのか!!」
「当たり前じゃ。クリスマストゥリモンの主食はサンタクロースのプレゼントじゃからのう…!」
自信満々に言い放つデュモンさんにシュバルマンは言葉を無くした、水から出した魚のように口をパクパクさせている。
「やっぱり…イリシア姉さんが言う事は間違いなかったっ!」
ピンコが嬉しそうに叫んだ。
「わぁ~もしかしたら、森の中でサンタさんに逢えるかもしれないですねっ!」
ナギも楽しそうに笑った。
「シュバルマンさん、良いじゃないですか。クロモドさんが治るまで、我々はここに留まらねばなりませんし。」
エルピントス卿がそう言うと、彼も仕方なさそうにため息をついた。
「…そうですね、困っている人を放ってはおけない。そのクリスマストゥリモンを捕まえてプレゼントを取り返しましょう。デュモンさん、詳しいお話を聞かせてくださいますかっ!」
こうして、モンスター達とのクリスマスプレゼント争奪戦が始まるのだった。
2.
ルコが宿屋に帰ってきたと同時に、デュモンさんの依頼でクリスマストゥリモンからプレセントを奪い返すべく遠征隊一行(クロモドを除く)が建物から出てきた。
「ルコ、丁度良かった。今から奪われたクリスマスプレゼントを取り返しに行くっ!」
「…はぁ?!」
突然の出来事に、ルコは思わずききかえしてしまった。シュバルマンから説明を受けて大体の状況を把握する。
「とりあえず、外は寒いから俺とアエルロトとソーマで森に入ろうと思うのだが…ルコはどうする?」
「ずる~い~っ!私もサンタクロース見たいもんっ!バルマン達と行くー。」
ピンコは悔しそうに地団駄を踏む。
「この前もわがまま言って、ロトルア村で風邪をこじらせてなかったか?」
シュバルマンがそう言うとピンコは言い返せずに黙りこんだ。これ以上遠征隊に病人を増やすわけにはいかない、大魔法師の二の舞は避けたいところだ。
「う~ん、出来ればパスしたいな。寒いからこの格好だと厳しいんだよね。」
そう言いつつルコは、寒さで強ばった手を擦りながらクシャミを一つ。
「いけません、体が冷え切っています。私のジャケットをお貸ししましょうか?」
紳士的な笑顔でルコの冷たい手を取ると、急いで自分のマントを外し始める。
「アエルロトさんっ?!というか…ルコさんが引いてますので止めてください(苦笑)」
「それは残念です、こちらは何時でも準備万端だというのに…ソーマさんも寒かったら直ぐに言って下さいね?」
「…遠慮しますっ!」
彼の言葉にアエルロトは苦笑する。即座に返すソーマの返答は冷ややかだ、しかしながら少し顔が赤いのは気のせいだろうか。ルコは呆れたようにため息をつくと、シュバルマンに向きなおした。
「トゥリモン見つかると良いな、成功祈ってるっ!」
「うん、ありがとなルコ。それじゃ皆…留守をお願いしますっ!」
3.
サンタクロースが住んでいるという森と言うから、グリンデルや毒された森林のように何か魔力が働いているのかと思いきや、そんな力は感じられないどころか、モンスターなど何処にも見当たらない、時々鳥の鳴き声が聞こえるくらいで長閑なものだった。
「冬の森は何だか寂しげで寒さも堪えますね。」
「いや、寒くない寒くない……ほら、あったかくなっただろう?!」
そう叫んだ瞬間に冷たい突風がバルマンを襲った。
「ひぃぃぃぃ…。」
思わずシュバルマンは身震いをする。
「おや、やせ我慢はいけませんね?それでは、私のジャケットを…。」
「要らん!」
言葉の途中でバルマンは即座に拒否する。その反応に心底ガッカリした様子のアエルロトは深いため息をついた。
「やはり、男3人ではむさ苦しくて行けませんね…無理やりにでもルコさんにも同行してもらうべきでしたっ!」
力いっぱい拳を握りしめアエルロトは悔しそうに言い放った。
「全身黒ずくめの一番むさ苦しいお前が言うなっ!」
シュバルマンは思わずつっこんだ。
「はははは…;」
漫才コンビのような二人にソーマは苦笑いを浮かべる。そんなやりとりを繰り返しながら、3人は2時間ほど森の中を歩き回っているのだが、未だにトゥリモンの姿を発見できないでいた。
「こんな所にトゥリモンが居るのか?!サンタ帽かぶったトゥリモンだなんて、デュモンさんの見違いじゃないのか??」
「綺麗な森ですよね。見つけられるのは攻撃性の無い野生の動物達ばかりです。」
ソーマは森の木々を見渡すと大きく深呼吸をした。
「確かに…不自然なくらいにモンスターが見当たりません。もしかしたら、サンタクロースの祝福に守られているからかもしれませんね。」
アエルロトは腕組をすると難しそうな表情を浮かべた。今のところ危険は感じられないが、もし、この森にも何らかの力が働いているとするとトゥリモンの捜索は難航するかもしれない。
『グルルルルル…キュルゥゥゥ…。』
獰猛な熊が唸る声かと思いきや、シュバルマンの盛大な腹の虫の音であった。さっきまでの緊張感が一気に失せる。
「えっと、これはだな……!とりあえず、腹が減ったから…昼飯にしようじゃないかっ!」
彼の顔が徐々に真っ赤に染まっていく、恥ずかしいのを誤魔化すように、シュバルマンは大きな声で言い放った。思わずソーマとアエルロトの二人は顔を見合わせると吹き出してしまった。
3.
風邪を引いた大魔法師はというと、すっかりナギの薬草が効いているのか安らかな寝息をたてている。ドアの前に佇むルコは中の様子が気になるのか、ドアノブを開けるのを躊躇うように手を伸ばしては引っ込めていた。
「ルコさん…?」
その時、ドアが開くと部屋から出てきたナギと出くわしてしまった。咄嗟に廊下の隅に飛び移ると、ルコは身構えたように表情が硬くなっていた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
ナギも驚いた様子だったが、ルコがクロモドの部屋の様子を伺っていた事には気づいていないようだ。
「びっくりした…急に出てくるから…えっと、大魔法師先生の具合ってどうなの?」
ルコは何とか平常心を保ってナギに尋ねた。上手く誤魔化せただろうか、他の人にも聞こえるんじゃないかと思うほど動悸が激しい。
「クロモドさんは熱もすっかり下がって…今は眠っています。」
ナギの言葉に内心、胸をなでおろしたルコだった。
「そう…よかった。」
クロモドが回復している、それだけ分かれば十分だ。私は何も出来ない。薬草を調合して看病する事も、元気の出る手料理も出来ない。忍びとして戦うだけの私には……。
「ルコさん、一つお頼みしたい事があるのですが…?」
立ち去ろうとするルコに、ナギは少し怪訝そうに声をかける。彼女がルコに頼みごとをするなんて珍しい事だ。ナシプ族の彼女との接点はあまり無いので、話をする事も少なかったのだが、そんな自分を頼ってくれるなんて…何だか嬉しいようなくすぐったい気分だ。一体どんな事なのだろう。
「うん、私に出来る事なら何でも言って。」
ルコの明るい笑顔に緊張がほぐれたのか、ナギも笑顔を浮かべるのだった。
4.
お弁当を広げた3人だったが、この時期にピクニックをしてもあまり面白くは無い事に気づく。森の中は既に紅葉も終わり針葉植物しか葉を残していない。雪でも積っていれば印象も変わるのだろうが、なんだか物足りない景色である。
「気分があまり乗らないのは気のせいでしょうか(笑)」
季節外れの森の中でお弁当を広げている3人の男達の間に北風が通り過ぎた。何とも言えない滑稽な図である。
「アエルロト、そこを気にするな。二人ともイリシアさんの手料理を絶対に残すんじゃないぞ?残すようなら…むしろ食べずに俺にくれっ!!」
それは嫌だと二人は首を振った。
「ははは…凄い食欲ですね。」
シュバルマンはもの凄い勢いでお弁当を食べつくす。彼の様子を見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ、ソーマとアエルロトは失笑するしかない。その時、何かに見られている気配を感じた3人は息をひそめる。
草むらが僅かに揺れている。草の隙間からは赤いモノがチラチラ見え隠れしていた。
「急に動いてはいけません、トゥリモンは警戒心の強い生き物ですから…。」
「…そんな事分かってるっ!しかし、どうするんだ。」
「僕、良い事考えました。このお弁当を囮にしてこの虫取り網で捕まえるんです。」
ソーマの考えに二人も頷いた。
「トゥリモンに気づかれないように、ゆっくりここを離れましょう。」
3人が草むらに隠れると、シートの上に置き去りにされたお弁当達に、周りの様子を警戒しながらサンタ帽をかぶったトゥリモンが近づいてくる。
「本当にサンタクロースみたいな姿ですね…何だか可愛いです。」
クリスマストゥリモンが美味しそうにお弁当を食べ始める。
「油断は禁物ですよ。デュモンさんが言うには、このトゥリモンは他のモンスターを召喚するようですから。」
「今だ、行くぞっ!」
シュバルマンが虫取り網を振り下ろした。ソーマが不意を突いて、電撃攻撃をするが全く当たらない。トゥリモンの動きは素早い、網の攻撃をかわすとシュバルマンを睨みつけた。
「くっ!普通のトゥリモンより動きが早くないか?」
「その可能性はありますね…。」
何度も捕獲を試みるが、虫取り網の攻撃は空振りに終わる。動きに翻弄されて3人の息も上がってきていた。不毛な長考戦がしばらく続き、すっかり日も傾き始めてくる。
「あぁぁ…きりが無い、これは一気に肩をつけるしかっ!」
シュバルマンが背中に挿した剣を取りだした瞬間、クリスマストゥリモンは急に動きを止める。そして、3人に向き合い鋭く眼光が光らせた。
「えぇぇぇ…シュバルマンさんっ!」
「な、なにぃ?!」
「こ、これは…。」
驚きのあまり、尻もちをついてしまいそうになった三人。目の前に現れた驚くべきものの正体とは…。
5.
冬の空は昼が短い。オレンジ色の空は瞬く間に消え、すっかりと日が落ち始めていた。
「3人とも遅いですね。」
ナギが心配そうに窓から森の方向を見つめた。
「もー。せっかくバルマンの為にご馳走を用意したっていうのにっ!早く帰ってきなさいよ。」
皆で用意した夕飯のクリームシチューは美味しそうな薫りを漂わせている。
「道に迷ってるんじゃないかなぁ?」
ルコがため息をついた。
「ありえる…!方向音痴のバルマンは後先考えないから。あぁ、やっぱり私が居ないとダメみたいっ!」
ピンコは立ちあがると防寒用のコートを探し始めた。ロボにお出かけ用リュックを背負わせると3人を探しに行く準備は万端だ
「ちょっとまって、探しに行くつもり?」
ルコは慌ててピンコを止めた。
「当たり前っ!だって心配じゃん~。」
「ピンコさん待って下さい。これから夜になって辺りが暗くなります、今、一人で動くのは危険です、もう少し彼らを待ちましょう。」
エルピントスが釘を刺した。
「その通りだわ…皆ならきっと大丈夫。ピンコ…シュバルマンを信じて…待ちましょう。」
イリシアもエルピントスに肯定するように頷くと、ピンコを真っ直ぐ見つめた。
「うん…わかったよ。だけど、真っ暗になっても帰ってこなかったら探しに行くよね?」
ピンコの言葉に全員が賛成した。
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