―――彼の背中に落ちるその長い髪は静かに落ちる五月雨のよう、優しく大地に落ちるその雫は私を包み込むように降り注いだ。
傘に落ちる雨音を聞きながら学校に向かう、いつもの登校風景は灰色の空が広がっていた。6月は何故か理由もなく彼女の気分を憂鬱にさせる。もうすぐ期末テストだというのもあるけれど、毎日降る続く雨模様にやる気も出てこない。
「おはようっルコ!今日は風紀委員による抜き打ち検査らしいよ?」
声をかけてきたのは優等生で有名なエルピントスだった。
「え…?そうなんですか、全然知りませんでした。私とかスカート丈で止められるかも?」
驚いて自分の制服をチェックし始める私を見て彼女は微笑した。
「大丈夫。心配しなくても平気です。」
彼女は自信満々に言ったが心配がぬぐえない。風紀委員を務めているのは、詰襟をしっかり着こんだランドスという3年生の生徒で、彼は自分に厳しいが他人にも厳しい事で有名だと聞いている。校則を少しでも違反するものがいれば直ちに進路指導室に呼び出し説教を食らわす噂もある。
ルコは心配を隠せない様子でエルピントスの陰に隠れながら歩いていたが、校門前に妙な人だかりを見つけた。
「あの…こんな日に物凄く派手な赤い長ラン来てる人がいるんですが…。」
「ははは。ルコは転校してきて間もないから知らないのも無理はないですね。彼が風紀委員天敵、『紅の飛龍』の異名をもつシュバルマンさんです。彼がランドスさんを引きとめていると思うので…その隙に校門を通り抜ければ楽勝ですよ。」
「は、はぁ?」
おもわずルコが抜けた声を出してしまう。
校門前にはランドスとシュバルマンが対峙していた。詰襟ランドスの手には野球バット、長ランを着こんだシュバルマンの手には竹刀が握られていて、今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気である。そして、周りには野次馬の生徒たちの人だかりだった。
風紀委員長であるランドスの周りには女子生徒が二人、シュバルマンの周りには黒髪と銀色髪の男子生徒が二人立っていた。
「ほう、風紀委員の恒例抜き打ち服装検査を知らないわけもなかろう…。生きてこの校門を抜けられると思っているのかシュバルマン?」
ランドスは不敵な笑みを浮かべる。
「そうだったとしても、この服装だけは譲れないっ!!」
対峙したシュバルマンは竹刀を持った手に力が入る。
「お嬢さん方、危ないですから今のうちにお通りくださいね、授業も始まりますし。」
そうルコ達に声をかけたのは黒髪の男子生徒、シュバルマンという不良学生側についていたように見えたが、ラフにはだけたワイシャツに緩んだネクタイ姿、いかにも軽い男に見える。
「またですか。アエルロトさん…風紀委員の抜き打ち情報を流したのは貴方ですね。」
エルピントスは困った表情を浮かべる。
「ふふ…もしそうだとしても証拠がありません。生徒会長、今日のところは見逃して頂けませんか?」
アエルロトは指を一本立ててから秘密ですよと言った。
「風紀委員の指導には少々強引なところが見受けられます…仕方ないですね。喧嘩にならないよう、程々に終わらせるように頼みます。」
颯爽と立ち去るエルピントスの後を追うルコには、状況がいまいち掴み切れなかったが、どうやら、あの二人の戦いは恒例行事で、風紀委員長が対峙している間に生徒たちは恙無く校則を抜けることが出来るようだった。(ダメじゃん。)
「…あの赤い髪と一緒にいた、あの人は―――。」
ルコはエルピントスに名前を聞きたかったが、始業のチャイムが鳴ってしまった。授業に遅れる前に教室に向かって全速力で走り出した。
梅雨はいつ明けるのだろう、毎日雨が降り続いるから湿気で蒸し暑い。それでなくても勉強は苦手でやる気が出ないというのに、ため息ばかりが浮かんでくる。教室の窓には雨が吹き付けている。銀色にキラキラと光りながら、ガラス窓の雫がゆっくりと流れおちた。
静かに降り続ける雨の雫、ふと思い出すのは今朝、校門前で目にした彼の後姿。彼は何であの場所にいたのだろう、何という名前なのだろうか。
「ルコ、ルコったら~っ!!」
考え事をしていたわけではなかったが、名前を呼ばれるまで自分がボーっとしていたことに気づかなかった。
「何か言ってた?」
「やっぱり、全然聞いてなかったじゃんっ!」
ピンクの髪を揺らしながら少女は少し怒ったようだった。
「私転校してきて、まだ1カ月でしょ?分からないことが多くて。」
「悩み事~?でも、勉強で悩んでる訳じゃないみたい…さては恋の悩み?!」
ニヤリと笑うピンコは意地悪な笑みを浮かべた。ルコは反射的に赤くなって叫んでいた。
「ち、ちがっ!朝、校門にいた人達何なんだろうって気になってたのっ!!」
ルコは手を激しく振りつつ激しく弁解する。
「確かに初めてみる人には驚きの光景だよね。さすがに私でも入学したばかりの時は驚いたよ。あれはね…。」
「風紀委員と対抗していたのは『赤毛の応援団』の方達ですよ、ルコさん。」
ニッコリ笑顔で話題に入ってきたのは青色の髪の少年だ。ソーマという名前のクラスメートだ。
「…何それ。」
ルコは思わずそのネーミングセンスに落胆を覚えて言い放ってしまった。
「そもそも名前がダサいよね。隊長バルマンだし~」
ピンコは赤毛の不良生徒を知っているらしい、親しげに名称で呼んでいる。
「この学園では有名な3人組です。ピンコはバルマンと呼んでいるけど赤い派手な格好をしている人がシュバルマン先輩で、黒髪の人がアエルロト先輩、銀色の髪の人がクロモド先輩です。具体的な活動内容は謎ですけど、学園の平和を守っているらしいですよ。」
「なんだか胡散臭いよね…!先輩だから大きな声では言えないけどさ。」
いや、ピンコの声、十分大きいですが…と、ルコがツッコむ間もなく、ソーマが指摘していたので止めておいた。
「ちょっと行ってくる!午後の授業までには戻るわっ」
一目散に走りだすルコの後ろ姿を見送りながら、二人は不思議そうに顔を見合わせた。

気になる事は自分で調べないと気が済まないルコは、早速『赤毛の応援団』について捜査を開始した。
「ルコ…そんな事で私を呼びださないで欲しいものだ。」
ミミはルコを守るために、学校では隠れ身の術を使っていつもそばにいるのだが、ルコに赤毛の応援団の3人組を探したいとお願いされて、呆れたようにため息をついた。
「だって、気になって勉強に集中できないんだもんっ!」
「堂主たるもの勉強をおろそかにしてはならない。解決したら、本当に勉強するんだな?」
「……。わかったわ。」
「意味深な沈黙が気になるが信じよう。」
ミミが煙を立てて消えた。
3年生校舎に入るのは流石に緊張するが、あの人に会うためだ背に腹は代えられない。
「え?赤毛応援団…?昼休みは校庭の掃除をしていると思うわ。」
ルコが困ったように歩き回っていると、紫色の長い髪の女子生徒が声を掛けてくれた。名前はイリシアさんというらしい。丁寧に花壇の場所も教えてくれたので、早速向かってみる。
「見つかったのか?」
ミミが何処からともなく戻ってきた。
「うん、校庭に居るようだから隠れ身の術で様子を探るわ。」
校庭の掃除という事は、不良の縄張り争いか何かで昼休みには決闘に明け暮れているという意味なのだろうか。その割に学園内が荒れている雰囲気は感じられない。
学園でもよく目立つ3人組は、探すまでもなく直ぐに見つかった。校庭を囲むように配置されている花壇の草むしりを黙々と行っている。
「それにしても蒸し暑いな、この格好で草むしりは厳しいのだがっ!」
派手な長ランを引きずりながら、シュバルマンがため息交じりに呟いた。
「我慢してください。それを脱ぐことは私が許しませんよ?」
長ランの上着を脱ごうとするシュバルマンの手をものすごい速さで阻止すると、笑顔でアエルロトが言った。
「俺が熱中症で死んでも構わないと?そもそも、ボランティア活動で威厳とか意味分からんのだが?!」
「組織というものは形から入るのは基本です。シュバルマンは人が良すぎますから恰好だけでも恐ろしくしておかないと、他校の敵になめられてしまいますよ。」
この細腕のどこからそんな力が出ているのだろうか。アエルロトは学ランを脱ごうと試みるシュバルマンを、しっかりと羽交い絞めにして妨害する。
「そうは言っているが…アエルロトは単に長ランフェチなだけだと私は思う。」
クロモドは冷静に二人の会話を聞いていたのか、きっぱりと言い放った。
「なっ!!それなら、自分で着たらいいじゃないかアエルロトっ!!」
「ははは。クロモドさんには敵いません。というか、長ランは私が着ても説得力に欠けるんですよね…。」
図星を突かれたのか、彼は苦笑いを浮かべた。
「まったくお前らはいつも無駄話ばかりだ。作業の邪魔だから、さっさと帰って次の授業の予習でもしていろ。」
傍若無人に言い放つクロモド、二人は舌を巻いたようだった。少しの間、3人の会話が止まる。何かを感じ取ったようにシュバルマンが剣を握った。
「…気づきましたか?」
3人がルコの隠れている方向に身構えている。自分の隠れ身の術を見破られてしまったか、ルコは思わず身を強張らせた。
「姿を隠しても豚臭さは隠せないらしい。また私の大切なクロミ1号を狙っているのか。」
「懲りない人達ですねぇ…。」
「また、お前らか…テベク学園のドンジャンっ!!」
シュバルマンが竹刀を振り上げた。驚いてルコが振り向くと、丁度、ルコが隠れていた方向の後ろからでっかい豚が現れた。
「豚臭い言うなぁ~!!今日こそ、その動く大根を頂いて、おでんにして食ってやる!!」
ドンジャン王子が怒り狂った表情で向かってくる。彼はサロマン族の学校、テベク滝学園の番長で周りにはサロマン族の不良がたむろしていた。
「まったくこれだから素人は。お前は間違っている…クロミは厳密に言うとマンドラゴラ属に属しており、大根ではなく人参に近い存在だ。」
冷静に間違いを訂正するクロモドにドンジャンだけではなく、シュバルマンも思考が追い付かないようで、首をかしげている。
「そんなの食えばどれも一緒だぁぁ~!」
悔しそうにドンジャン王子は地団駄を踏むと、一斉にサロマン族の不良生徒たちが攻めてきた。
「ドンジャン王子、負け惜しみは見苦しいですよ。そして、そちらは無い頭で考えこまないでシュバルマン、敵が押し寄せています。」
シュバルマンが先手を切って切り込むと、アエルロトが術を発動してサロマン族を転ばせる。その隙をついて、クロモドが大魔法で火炎旋風を巻き起こした。サロマン族はあっさりと燃え尽きて豚の丸焼きになっている。
「お、お前たち…こんなに香ばしく焼けるなんて。くぅぅぅぅ~これで勝ったと思うなよぉ~。」
逃げ出すのだけは早いドンジャン王子、気付いたときには姿が無い。
「あっけない…。」
「しまったぁぁ~~逃げられたっ!そして、仕事が増えたぁ。」
「そうですね、風紀委員に見つかる前にこの焼き豚達を片付けたほうがよさそうです。」
三人は顔を見合わせると思わず吹き出してしまった。それぞれ掃除をしながら文句を言っているが3人で一緒につるんでいる姿はとても楽しそうに見えた。
ルコはそこまでを見届けると、三人を校庭に残し教室に戻って行った。
こうして、ミミの捜査から総合した結果、『赤毛の応援団』を不良の集まりかと思っていたけれど間違いだった事が分かった。校庭の掃除といっても単に花壇の草むしりで、荒れていると有名なサロマン族の学園生徒と戦いになる事は稀なのだそうだ。主な活動内容は、生徒会では解決できない問題の解決、部員不足の補充要員の派遣、校内の清掃及び花壇の手入れである。団長が派手な刺しゅう入り長ラン姿で歩き回っているので風紀委員に目をつけられているが、学園の奉仕活動を目的としている同好会というのが結論だ。
ここまで自分が『赤毛の応援団』に振り回される羽目になるとは思いも寄らなかったけれど、何故かホッとしている自分がいた。
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