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タルタロスオンラインの二次創作小説ブログです。
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    雨音止んだらそこには ~梅雨時のある学園風景~後編

    タルタロスのキャラたちが学生になったら、という
    学園タルタロスストーリーです。
    前回の続きです。


    本文:花京  



    「テスト前なのに…ヤマ当てせずに、私ってば何しているんだろう。」
    ふと今日の授業に身が入っていなかった事に気づいて後悔する。転校してきたばかりのこの学校は進学校なので、ルコの学力では正直厳しいところがあった。
    「う~…家に帰っても遊んじゃいそう。図書室だったら静かに勉強出来るかなぁ。」
    図書室のドアをゆっくり開けた。この学校に来てから初めて入る部屋だから余計に緊張する。静かな所は少々苦手だったが、背に腹は代えられない勉強しないとそれこそ後悔する事になる。
    「いらっしゃい、図書室は初めてかしら?」
     おそるおそる入ったルコに優しい声をかける女性。とても綺麗な長い金髪の美人だ。
    「私はここの司書をしているディオネと申します。貴方もテスト勉強に来たのかしら?当然ですけども図書室内は飲食禁止です、勉強している生徒さんも多いのでお静かにね。」
     ふわっと広がる優しい雰囲気にルコは緊張がほぐれて笑顔になった。彼女目当てに図書室に通う男子生徒もいるんじゃないかと思う。
     試験前という事もあって図書室は混んでいて空いている席を探すのに骨が折れそうだ。本を探すふりをしながら空いている机を物色していたが、やはり家で勉強したほうがいいのかもしれない。諦めた瞬間、あの背中を見つけてルコは思わず心臓が飛び出しそうになった。
     黒い詰襟の背中に流れる真っ直ぐな銀髪。すぐに彼だと気付いた。書物を読むことに没頭している彼は、ルコが見つめていることにも気付かずに黙々と本を読み続けていた。
    『どうしよう…。』
    気づくとクロモドの座っているテーブルは皆が嫌煙しているのだろうか、彼しか座っていない。丁度そのテーブルだけ空いているように見えた。確かに、彼は目立つ生徒だし近寄りがたい感じがする。昼休みのやりとりから予想すると、かなり傍若無人な性格のようだったし、勉強の邪魔だと冷たくあしらわれるかもしれない。ルコは本気で迷っていた。
    「…ここは空いているが。」
     行ったり来たりしている不審なルコの様子に気づいたのか、ふと、顔を上げたクロモドがルコに声をかけた。
     気づかれてしまった。その声に更に心臓が飛び出しそうになったルコは、思わず持っていた書類を落として床に広げてしまう。
    「わぁぁっ!!!」
     思わず大きな声を出してしまったルコにみんなの視線が刺さる。「すみません…」きまり悪そうに頭を下げてから、急いでテストのヤマを予想した書類たちをかき集める。顔が火を吹くほどに熱い。せっかくあの人に会えたのに恥ずかしすぎて顔があげられない。
    「…手伝おう。」
     短い無機的で静かな落ちつきのある声。長い綺麗に整った指が書類を的確に拾っていく。その手は大きな男性の手なのに白くて華奢だった。
    「…あ、ありがとうございます。」
     お礼を言う事で精いっぱいだった。まともに顔を見ることは出来なかったが眼鏡の先の瞳は魅入ってしまうほど綺麗な水色が印象的だ。冷たくあしらわれるかと思ったのに、傍若無人な印象からは想像できないほど、優しい雰囲気をもっている。
    「そうか…試験前だったな。自分の研究が忙しくて忘れていた。君は…見慣れない制服だが転入生か。」
     ルコが落とした書類を見つめて呟いた。
    「は、はいっ5月にこの学校に来たばかりで…。」
     彼女に書類を返すとクロモドそれ以上は何も言わなかった。読み途中の書物を再び開くと、試験勉強はする気が無いらしい。
    「座っても…いいですか?」
     怪訝そうに尋ねるルコにクロモドは黙って頷いた。
    「無論、席が空いている私はそう言ったつもりだったのだが…。初対面で失礼かと思うが、ここの数式が間違っている。あと、ここの言語訳…正確には―――。」
     間違いを正す事を止められない性格なのだろうか、どんどん出てくる指摘にルコは固まった。クロモドの前で緊張する上に恥ずかしくて更に勉強が進まなかった事は言うまでもなかった。


    クロモドは図書室の常連で、いつも定位置を陣取って座っているらしかった。こうして、初めて図書室に足を踏み入れてから、結局、試験当日までクロモドの隣で良くも悪くも勉強する流れになってしまった。
    そして、期末試験当日、クロモドの試験予想が見事当たり、ルコは赤点を回避する事が出来たのだった。生徒たちも試験から解放され、待望の夏休みを待つだけとなった。
     ルコはクロモドが試験勉強を手伝ってくれたお礼をしたくて、一目散に図書室に向かって走り出した。
    図書室でクロモドの姿を探したが、いつもの定位置に彼の姿は無い。がっかりと肩を落とすルコの姿に、ディオネさんが心配そうに肩を叩いた。
    「どうしたの?そんなに慌てて。」
     ルコは心配かけまいと笑顔を作って答える。
    「いえ…なんでも無いです。お騒がせしてすみませんっ!」
    「ルコちゃん、あの銀髪の生徒さんなら今日は嵐が来るからと早々に帰り支度をしていたわよ?」
     司書さんは何でも知っている…ルコの目的もお見通しだったらしい。
    「え?!」
     そう言われて、少しほほが赤くなる彼女は何だか初々しくて微笑ましかった。楽しそうにコロコロ微笑むディオネ。彼女が急いで下駄箱に向かっていくのを見送るのだった。
    「やっぱり、もういない…か。」
     せっかくお礼を言おうと思ったのに、肝心のその日に彼に会えないなんて。彼はルコに勉強を手伝った事さえ覚えていないかもしれないが、(手伝った認識が無いかもしれないが。)いち早くお礼を言いたかったのに。
     帰ろうと靴を履き替えていると、さらに追い打ちをかけるように彼が言った通り、大雨が降りだした。
    「あんなに晴れていたのに…傘持ってきてないよ~。」
     ルコは呆気に取られて玄関に立ちつくす。激しい雨に雷まで鳴りだした。全速力で駅まで走っても制服がずぶ濡れになりそうだ。
    「嵐になる日に傘を忘れるなんて、頭が悪いにも程がある…。」
     感情の少ない落ち着いた口調、この傍若無人な毒舌の主は彼女が探していた人物その人だった。
    「先輩…帰ったんじゃ?」
     思わず、そうつぶやく彼女に不思議そうな表情を浮かべるクロモド。
    「あぁ、そのつもりだったが…どっかのバカの所為で風紀委員に捕まった。」
     クロモドはもの凄く嫌な事を思い出してしまったと言わんばかりに、顔をしかめた。
    「天気予報でも、嵐だって言ってなかったのに…。どうしよう帰れないよ。」
    「濡れてもいいなら、私の傘に入るといい。」
     そういうと、クロモドは緑色の大きな傘を開いた。一緒の傘に入れてもらえるという意味だと気付いたルコは思わず赤くなってしまった。
    「私なんかが一緒の傘に入って大丈夫ですか…?」
     相合傘をするという事は普通恋人同士だけだと思っていたルコだったが、彼女の質問の意味が分からない様子でクロモドは首を少し傾げる。
    「大丈夫に決まっている。嫌なら話は別だが。」
     彼は鈍感なのか、世間知らずなのかその事を全く気にしていない様子なので、何だか気にしている自分が恥ずかしくなってきた。一緒に帰れるチャンスなんて、もう一生無いかもしれない。勉強を手伝ってくれたお礼もしたいし女は度胸、もう自棄だ。
     二人で一つの傘だと男性用の大きな傘でも半身が濡れてしまう。クロモドは自分が濡れるのも構わず、ルコが濡れないように雨を避けるように傘を差してくれていて、何だか申し訳ない気持ちだった。
    緑の傘はまだ新しいのか、パラパラといい音をたてて雨粒を弾いている。沢山話したい事はあるのに言葉が見つからない。その雨音だけが二人の静寂を包み込んでいた。
    「あの…有り難うございます。」
     静寂を破ってルコがクロモドに言った。
    「私はお礼など言われる事をした覚えは無いが…。」
    「試験で赤点にならなかったのは先輩のおかげですし、先輩に覚えが無くても私は沢山助けられています……だから、今はお礼を言わせて下さい。」
    「……感謝されるのは悪くない気分だが。」
    少し照れくさそうに顔をしかめたが、クロモドは今ひとつ納得していない表情を浮かべている。そんな彼に伝わるかどうか分からないけれど、ルコは感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔を浮かべた。
    「雨が上がったな…こんな日は決まって虹が出る。」
    「え?」
     そう言って傘を閉じた瞬間、空を見上げると、二人の前に大きな虹が夕焼けの中に広がっていた。橙色が混ざったその虹の色は、何だか気持までが暖かくなるような優しい色だった。
    「綺麗…。」
    そうつぶやいた彼女の、大切な宝物を見つけた子供のような嬉しそうな表情に、彼の表情にも薄らと笑みがこぼれた。降り注ぐ春雨の雨音のように小さくて密かな微笑みだった。
    ルコの無邪気な笑顔は嫌いじゃない。彼女の感謝の気持ちは嬉しかったけれど、素直に表現する事が出来ない不器用な自分。クロモドは黙って彼女の横顔を見つめ続けた。
    二人は虹が消えるまで、夕暮れ空の前で立ちつくしていた。
    初めに目にした彼の銀髪は五月雨のように涼やかな印象だったけれど、今日は柔らかな黄金色が混ざって大地を照らす明るい光のように美しかった。ずっとこの背中を追いかけていけたら…彼女はそう思った。

    この虹が消えなければ、ずっと二人でいられるのに。
    消えない虹など無いと彼は笑うけれど。
    この瞬間が消えてしまう事を知っているから、今だけは二人だけの時間を奪わないで。
    二人だけの虹色の美しい夕暮れ空を少しでも長く見続けたいから。
     もうすぐ、長かった梅雨も明ける。
    あの、焦がれるような照りつける太陽と鮮やかな季節がやってくる。
    (おしまい)
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