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満天の星が光る空には、まだタルタロス結界陣の姿は無い。沢山の桜の花びらが夜の空に舞っている。
「毎年この老いぼれの晩酌に付き合ってくれるのは何故なんじゃ?」
桜の木の下で、美しい女性と平安時代の衣装のような着物の腰の折れた老人が座っている。
「老いぼれだなんて、まだまだおじい様はお若いじゃないですか。私も村の人たちも毎年、桜花爺様の桜の花の姿を楽しみにしているんです。この時期にしかおじい様とは会えないけれど、わたくしは、ずっと、ずーっとおじい様と一緒です。長生きしてくださいね。」
この美しい女性がアエルロトが言っていた、桜花楼の桜の木に祝福を与えていた女神様なのだろうか。
杯にひらりと花びらが落ちる。桜花爺は優しい笑顔を浮かべるとその杯を飲みほした。
桜花爺を優しく見守る彼女の笑顔は、本当に綺麗で幸せそうで、艶やかに咲く桜の花が霞んで見えた。
急に突風がソーマを襲った。人物たち大量の姿が桜の花びらに代わる、場面が変わった。
夜の突風が吹きあれる中に、あの女性が立っている。桜花爺様の桜の木は花が終わって新芽が芽吹こうしていた。
彼女の顔は苦痛の表情に変わり、暗い影を落としていた。
「おじい様…お別れです。」
女性が樹の幹に手を当てると、芽吹いていた葉が落ちて桜の木は枝だけの寂しい姿に変わった。
「私が神界に帰れば、きっと、おじい様は枯れてしまう。そんな事は耐えられないのです…。」
選択の余地は無かった、旅立ちの時が迫っている。
「おじい様の時間を止める事をどうか…どうか許して…。」
女性の瞳から涙が落ちると、桜の木全体が水色のベールに包まれた。
これから桜の木は、結界を解かない限りずっと、この姿のまま眠ることになるだろう。
自分は、この世界に戻ってこれるのだろうか。
『来年の桜の花が舞う頃に、また、必ず此処でお会いできることを…。』
再び会えるその時まで、結界が破られる事が無い事を、どうか――。
ソーマは目を開けた。見えるものは何も芽吹いていない桜の枝。桜花爺様の桜は、あの時の姿のままで眠り続けている。
この選択しか出来なかった術者の女性は、桜の木の結界が破られない事を、ただ、祈っていた。
「気づかれましたか…よかった。」
ソーマの体にはアエルロトのマントが掛けられていた。傍らにはアエルロトがずっと付き添っていた。体を気遣って、ずっと手を握っていてくれたのだった。
ソーマはアエルロトの顔を見るなり、自然と瞳から涙がこぼれおちる。
「どうしたのですか…一体何が?」
ソーマは首を振った、喉が詰まったように声が出ない。
この感情を言葉にする事は難しい。ただ、切なくて悲しくて…涙が止む事のない春雨のように、こぼれおち続けた。
アエルロトは笑顔を作ると、泣きじゃくるソーマの頬にかかった涙を拭く。
「あなたの蒼い瞳が悲しみに濡れるのを見るのは辛いですね…。」
アエルロトはソーマの頭に手を撫でる。彼はアエルロトの顔を見るなり安堵からか、再び堰が切れるように泣きだしてしまった。
「あぁ…この様子じゃ説明は無理ですね。落ち着いたら話してだけますか?」
その言葉にソーマは頷くと、アエルロトの胸の中で泣き続けた。
「ずっと…私は此処にいます。貴方を一人にはしませんから。」
夜桜が終わる、空は薄オレンジ色に染まり始めて薄明るくなっていた。空が朝日を迎えようとしている。桜の結界が、樹を護るように包みこんで優しい水色に輝いた。
彼女と再びお花見を楽しむために、桜花爺様はずっと待ち続けるだろう。
何年かかるかは誰にもわからない…それでも。
タルタロス結界陣が要らなくなるその時を、ずっと待っている。
こうして、雑貨店でブルーシートを購入し(意外と簡単に購入できた)、さっそく花見の場所を確保する遠征隊達。
「花見って、具体的にどういう事をすればいいんですか?シュバルマンさん。」
ソーマがブルーシートを広げながらシュバルマンに問いかける。
「具体的って…本当に花見を知らないんだな。うーん…桜の花を見ながら皆で楽しく過ごすといいと思うぞ。」
シュバルマンの当たり前すぎる答えに、クロモドが付け加える。
「つまり、桜の観賞という口実をつけ、桜の木の下で飲み食いするという一種の国民的行事という訳だ。」
「ハハハ…;」
クロモドの答えに、ソーマは乾いた笑いを浮かべてしまう。見ると、クロモドの手にはすでに酒瓶が握られていた。用意の速さに花見への心意気が感じられる。
「皆楽しそうですね…私も話には聞いたとこがありましたが、実際に自分が花見をする事はありませんでしたので良い経験ですね。」
アエルロトの言葉にソーマが首を傾げた。
「そうなんですか。アエルロトさんは何でも知ってるような気がしてたから意外です。」
「何でも知っているだなんて…そんなことは、けして、ありませんよ。」
そう言った彼の表情に影が落ちる。ソーマは悪い事を言ったような気がして、とっさに彼の腕を握って引っ張る。
「アエルロトさんも、早く花見の輪に入ってくださいっ!皆乾杯を待ってますっ!」
ソーマに引っ張られるがままに、アエルロトが花見の輪に加わる。満開の桜花の下、楽しい宴が始まるのだった。
花見が始まると、自然に団子とお弁当を囲むチームと、桜花を肴に酒を飲むチームに分かれていた。イリシアも少しお酒をもらっているようだ、頬がほんのり赤い。父親譲りの酒豪であるクロモドに付き合ってエルピントスが酌をしている。
「あれ、バルマンお酒飲まないんだね、以外ーっ!」
団子と重箱に入ったお弁当を頬張るシュバルマンに、ピンコが声をかけた。
「あ、あぁ…俺はこう見えて、お酒が弱くてな。騎士だったころに無理やり飲まされて、酷い事になったのを覚えてる。」
あまりに嫌な思い出だったのか、シュバルマンの表情は暗い。
「バルマンの弱点が、ここでもはっか~くっ!」
ピンコは励ますように彼の背中をたたくと、楽しそうに笑った。
「ピンコ、元気出たみたいね。よかったわ。」
イリシアが安心しようにため息をつく。シュバルマンも彼女の言葉に頷くと、紙コップに入ったオレンジジュースを飲みほした。すると、シュバルマンの顔色がおかしい、急にふらふらと状態が崩れて、イリシアにもたれかかる。
「シュバルマン、どうしたの…。」
イリシアが彼の背中を支えた。
「うぁ~…誰だっ~俺のオレンジジュースに酒をいれたのはっ!!」
シュバルマンがヒャックリを繰り返す。顔色がかなり赤く、足元がおぼつか無い。
「…私じゃないよ?!」
皆がピンコを見るが、彼女は首を横に振って否定した。
「ふにゃ…なんだか妙な気分になってきたニャ~…。」
シュバルマンの様子が変だ、ふらふらをしながら段々と猫語に変化していった。
「うニャ~酒持ってこーいっ!」
「駄目です。シュバルマンさん!!」
ソーマが必死に彼をなだめた。しかし、猫バルマンは止まらない。急に笑ったり、泣いたり、猫っぽくて可愛いのだが、図体が大きいので皆は押さえるのに必死だ。
クロモドはお酒を飲んでて術は出せないし、皆も困った状況である事は分かっているのだが、おかしくて笑いをこらえるのがやっとだ。
「わーっ懐かないでください、シュバルマンさん重いですーっ!!」
押さえようと試みたソーマが、逆に猫バルマンに押し倒されて動けない状態になってしまった。
「ソーマさん、どいてください。」
アエルロトは剣を振り回すと術を地面に術法陣を敷いた。シュバルマンを陣でふっ飛ばしソーマから引き離した。シュバルマンが術法陣に入ると一瞬光って消える。
「にゃんだか…眠くなってきた…にゃ…。」
そのまま、シュバルマンは倒れると、大きないびきを立てて眠ってしまった。
「まさか、猫化するとは(笑)こんなに悪酔いするとは思いませんでした。」
アエルロトはばつが悪そうに彼は頭を掻いた後、シュバルマンをシートに運ぶ。
「アエルロトさんっ!!」
ソーマが驚きと呆れの混じった表情でアエルロトを叱りつけると、彼は困惑したような笑顔を浮かべる。バルマンのオレンジジュースに酒を盛った犯人はアエルロトだったようだ。
「シュバルマンさんがお酒に酔うと、どのように変化するのか…という好奇心を押さえる事が出来ませんでしたw」
「アエルロトさん、本人がお酒駄目だって言ってるのに飲ませたらセクハラですよ?」
「承知しました、ソーマさんご指摘ありがとうございます。」
ソーマの指摘に反省した様子は無くアエルロトは楽しそうに笑った。とりあえず、シュバルマンをこのまま置いておくと風邪をひいてしまうで、お花見はお開きとなったのであった。
満開の桜の花びらが突風にあおられて、ソーマの頭の上を横切って行った。
ソーマの頭に乗った桜の花弁に気づいたアエルロトが掴もうと手を伸ばす。
しかしながら、花弁は彼をすり抜けるように突風の中に消えていった。
桜並木の先にある桜花爺様の桜は、今日も楽しく笑うように風に揺れているのだった。
【おしまい】