前回の続きです。
本文:花京 挿絵:しろがね かいと
12.
シュバルマンが丁度、店を飛び出した時、クロモドは店先を掃除しながら、蔦薔薇の様子と手入れを行っているところだった。彼は店先で履き掃除していたクロモドを避けると、そのまま猛ダッシュしていった。
「まったく…猪突猛進とはこの事だな。」
クロモドは大きくため息をつく。自分を無視して飛び出して行った副店長に少しムッとしたが、彼が理由なく早退や欠勤をしない人間だという事は理解している。後で事情を話すだろうと、続けて蔦薔薇の蕾に霜がかからないよう、結界を張る作業に取り掛かる。
「店長~。病み上がりなんでしょ?外は寒いですから、ほどほどに。」
顔を上げると、蔦薔薇のフェンスの横にルコが立っていた。
「すぐ終わる。君の今日のシフトは昼で終わりじゃないのか?私の事は気にしないであがるといい。」
何となく、まともにルコの顔が見れなくて、再び地面に視線を落として作業を続ける。しばらく、ルコは黙ってクロモドの様子を見ていた。
「店長…怒ってます…よね?」
ルコは怪訝そうな顔でクロモドにいった。その声が震えている事にクロモドは気づいて作業の手を止めた。
「何の話だ?本の事なら気にしていない。私がその立場なら、同じ事をしていただろう。」
クロモドは素っ気なく答える。冷静を装っていたが、ルコが泣いているのではないかと動揺が隠しきれない。表情を確認したいが顔が見えない角度で、横に立つのが精いっぱいだった。
「…気にしないでいいんだ。」
彼の頭に今までの出来事がよぎる。いつもどこかで、ヒトを頼りに出来ずに一人で気負っていた。自分など誰にも受け入れられなくてもいい、店のためなら憎まれても構わない。いつも孤独だと感じていたのに。
確かに、落書きをそのまま採用されたのは恥ずかしかったのだが、自分の考えを受け入れられる事は悪くない気分だった。欠けてしまった部分を埋めてくれる仲間たちに、何故…今まで気がつかなかったのだろう。それに気づかせてくれた事に、お礼を言いたいくらいだというのに。
「君にも…心配掛けた、すまなかったな。」
クロモドは小さく微笑む。顔をあげて、やっとルコの顔を見る事が出来た。彼女もクロモドの表情を見て同じく微笑もうと試みるが、困ったような切なそうな表情が混じる。
堰を切ったように、彼女は何かを、クロモドの胸に押しつけるように渡した。
「これ、店長のために用意したんです。良かったら…っ!」
勢いよく彼女の手から差し出されたものは、白い紙袋だった。思わず、クロモドは予想外の展開に反応できない。沈黙が怖くて、ルコは一気に話し続ける。
「えっと…日ごろお世話になってるお礼とか~少しでも元気になってほしいとか~そんな感じなので、深い意味は全然なくてっ!店長、甘いもの苦手ですよね…だから肉まん作ってきたんです。お姉ちゃんみたいにうまくいかないんだけど、味見したから…むぐっ!」
クロモドは紙袋から、肉まんを取りだしてルコの口に押し込んだ。驚いたルコの顔は真っ赤になって黙った。
「…分かっている、ありがとう。」
クロモドは肉まんを頬張ったまま固まっているルコの姿が滑稽で小さく噴き出してしまう。
掴むと壊れそうなほど繊細で、とても不器用な彼女の想いは、自分の遠い記憶の隅に忘れ去っていたものを思い出させる。とても優しく、懐かしく、そして、愛おしかった。
彼はそっと彼女の頭に手を置いた。彼女が顔をあげて頷く、いつもの元気な笑顔に戻っていた。
冬の蒼い疾風が凛と冷えている事を忘れるほど、手の中にある紙袋が暖かかった。

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