10.
日が落ちて、明るい日の光も青い色に染まっていく。紫色の空が闇を連れてきていた。店内が静まりかえっている。クロモドの深いため息が静寂を破った。
「…何も出来ない?馬鹿な。お前は私の代わり…いや、それ以上に働いたのではないか?店員達に指示を与え、皆もそれに協力した。短期間でイベント準備を終わらせられたのは、お前の力以外の何ものでもない。」
クロモドはメガネを直すと、勢いよく持っていた箒をシュバルマンに向けた。回りくどいが、シュバルマンを褒めているのだ。
「シュバルマンさん。」
ソーマが下を向いているシュバルマンの肩を叩いた。顔を上げると、皆が笑顔で彼に次々言葉をかけてきていた。
「素晴らしいよ。」
「一生懸命頑張っていたと思いますっ」
「頑張っていたわ。」
「良かったね、バルマン。許してもらえたじゃん。」
いつのまにやら、メイド姿のウエートレス達に囲まれてしまった。シュバルマンは照れて赤くなるが、目線をそらして腕を組む。
「そ、それほどでもないぞっ!皆の協力のおかげだ。」
メイド姿に赤くなるシュバルマンを面白がって、さらに女子軍団はシュバルマンに近寄っていく。我慢しきれず、恥ずかしがって逃げだすシュバルマンの様子を見ながら、クロモドはほっと胸をなでおろした。
「皆さん、今年のバレンタインデーのイベントお菓子のお披露目ですよ。」
アエルロトが片手に大きな銀のプレートを持って声をかけた。
「今年はクロモド店長のアイディアを生かしたチョコレートケーキとフルーツケーキにしましたっ!」
ナナが嬉しそうにケーキの説明を始める。
「ナナシェフ、頑張りましたね。とても美味しそうだ。」
エルピントスの言葉に「いやいや、もったいないです」とナナは手を振って謙遜している。
「…なっ?!私のアイデアだとっ!!」
クロモドが驚いたように反応する。日誌に書いていた、あの走り書きを見たのか。はっきり言ってケーキのアイデアは落書きだし、人に見せる気は全くなかった。ケーキの走り書きならまだいい、あれを皆に見られるくらいなら、いっその事、死んだほうがましだ。
「しかも、キャッチコピーまで考えてあるなんて用意周到だぞ。」
「白いケーキはアルポンス型で、黒いケーキはハート型にクロミ型の飴細工が載ってますっ!」
シュバルマンとソーマの言葉に、クロモドの顔色は悪くなる一方だ。照れているのか怒っているのか分からない表情になってしまっている。
「真っ白な甘い初恋を想わせる、甘酸っぱい純白のフルーツショートケーキ。ほろ苦い恋を忘れられない大人の貴方には、カカオ100%の生チョコで仕上げた漆黒のチョコレートケーキを、今年は貴方の心でお選びください…。」
アエルロトが熱を込めた甘い声でバレンタインデーキャッチコピー(?)を暗唱した。クロモド店長の辞書には恋愛などという文字は存在しないのかと思いきや、意外にロマンチストなのではないだろうか。
クロモドの手が震えている。”あれ“を一字一句間違えずにそのまま使ってる事にショックで店長は言葉が出ない。
「うぁ~テンチョー、ロマンチストぉ~!」
ピンコは感心したように言葉をあげる。皆も意外な一面に笑いをを隠しきれずにざわめく。
「こんなにいいアイディアなのに、会議中に話してくれないなんて人が悪いぞ。」
満面の笑みでシュバルマンは店長の肩をたたいた。
「ちなみに、すでに宣伝用としてポスターとチラシにキャッチコピーを使わせていただきました。」
アエルロトの言葉にさらにダメージを受けるクロモド店長。
「…っ!前言撤回…シュバルマンとアエルロト!今日これを持ってクビとする!!」
クロモドの恥ずかしさが頂点に達したのか明らかに真っ赤な顔で言い放つ。
『えぇ?!』
傍若無人な店長に、全員の不平の声がこだました。
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