6.
2月は毎年バレンタインデーイベントを開いているエルテイル喫茶だったが、今年は難航していた。まず、今日失われた小麦粉の確保をしなくてはならない。2つ目はライバル会社であるデリオ喫茶店が新しく新店舗を出店した、しかもエルテイル喫茶より駅寄りで交通の便が良く、人の流れがよい。お客を取られないようにするには相当の営業作戦が求められる。3つ目イベントでどのようなお菓子売るのか。問題は山積みだ。
「つまり、今年のバレンタインデーイベントは苦戦が強いられるということを言っておく。大魔法師の私でも手に余る案件なのだ。」
クロモドは深いため息をついてから続ける。
「アエルロト、午前中の小麦粉事件の件だが、進んでいるのか?」
クロモドの問いに、シュバルマンも思わず身が引き締まってしまう。
「そうですね…。」
アエルロトの表情は険しい、しばらく顎に手を置いて考えている。やはり、こんなに大量の小麦粉を短時間で手に入れることは難しいのだろう。喫茶店内に沈黙が広がった。全員が心配そうな表情で彼の言葉を待っている。
「やはり、だめだったか。」
クロモドの表情は曇る。シュバルマンは顔を上げられずに黙ったまま悔しそうに拳を地面にたたきつけた。皆も不安な表情でどよめき始めた。我慢が出来なくなったのか、アエルロトはプッと噴き出してしまう。
「いえ、皆さんが心配することは何もありませんよ。今月の小麦粉は明日の昼にはここに届きます。このまま、黙って皆の様子を見ていたらどうなるだろうという興味が湧きあがってしまって…つい(笑)。」
「つい…じゃなっ!!いくらなんでも酷過ぎるぞっ!」
落ち込んでいたシュバルマンが真っ赤な顔で叫んだ。
「アエルロトさん、僕たちの反応を見て楽しんでたのですか?!」
ソーマも思わず叫んでしまった。
「なっ…。」
クロモドは怒るところなのだろうが、複雑な表情のまま固まっている。一体、彼はどのような手を使ってこんな大量の小麦粉を手に入れることが出来たというのか。しかも明日には品物が届くだと?はっきり言って、クロモドは問題を解決を期待していなかったのだ。
「素晴らしいです。さすが、マネージャは違いますね。」
エルピントスは拍手をしながら褒めたたえる。
「1か月分だぞ、どんな手段を使った?品質が落ちるんじゃないだろうな。」
クロモドは店の帳簿を確認すると、疑惑ありげに聞きかえす。
「入手ルートは秘密ですが…アルスメル村の村長さんから好意で譲っていただきましたとだけ言っておきましょう。完全無農薬で育てた、品質は確かなものですよ。そのほかに最高級ガンチックの卵と無塩バターもいただいたので、ぜひお使いください。」
証拠となる発注控え書を取りだして机に置くアエルロト。疑惑を払拭し、完璧な仕事をしてみせた彼に、クロモドは驚きのあまり口を開けたまま声が出てこない。皆も驚いた様子で顔を見合わせている。
「でも、この喫茶店には追加材料の経費なんて残ってないんだぞ?」
シュバルマンが心配そうに尋ねた。
「そこは、問題を起こしてしまった責任を取る意味でも私の財布から。…御心配には及びませんよシュバルマンさん。」
アエルロトは花のような笑顔で返した。シュバルマンも驚きのあまり口を開けたまま呆けてしまった。いとも簡単に言ってのけたが、午後の短時間で取引先と交渉し、おまけに今使っている材料より良い品質のモノを取り寄せ、自分の貯金で賄うだなんて一般市民には不可能だ。本当に何者なのだろうか。
「それでは、無料でこのエルテイル喫茶店に卸してもらえるということか?」
クロモドはあまりにも信じられない出来事が起こりすぎて考えがまとまらないようだった。
「その通りですよ、クロモドさん。イベントが成功するといいですね。」
アエルロトの言葉に、クロモド店長は感情が込み上がって喉が詰まる。良いお礼の言葉も表情も出来ない自分が悲しかった。アエルロトが顔を上げるように言ってもただ、黙って頭を下げ続けていた。
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