4.
「それで…何でこのような状況になった?」
あきれ返ったクロモドは、厨房で真っ白になった、シュバルマンとアエルロト、そしてナナを座らせて事情聴取をする羽目になった。
今回の被害は厨房に置いてあった小麦粉10キログラムを3袋、食器は10枚、鍋に入っていたランチ用コーンスープ1日分である。
「えっと…シュバルマンさんがっ急に大きな声出すからっ(泣)」
半べそになりながら、一生懸命状況を思い出そうとするナナ。
「急いで思い出そうとしなくても大丈夫だ。別に私は怒ってなどいない。(ナナシェフには)」
まさか、自分が大声を出した拍子にこんなことになるとは。いつもならアエルロトの戯言など聞き流してひたすら耐えることができるのに、今日に限ってなぜ…シュバルマンの落胆ぶりは凄まじかった。
「そうです、俺がすべて悪い…シェフ驚かせてすまなかった!!」
シュバルマンは勢いよく頭を下げると、顔をあげようとしない。クロモドは深いため息をつくと、3人から目線を映して窓の外を見つめる。外は風が強く、ガラス窓が震えていた。しばらく、重い沈黙が続いた。
「事の発端は私が副店長を怒らせてしまったことにあります。少し、言葉が過ぎました…。彼を解雇するというのなら、私も一緒にお願いします。」
アエルロトが静寂を破って、必死にクロモドに訴えた。
「それは駄目だっ!おまえはエルテイル喫茶に必要な人材だ。辞めるのは俺一人でいいっ!」
シュバルマンはアエルロトの首襟をつかむと怒りの表情を浮かべて叫んだ。
「状況は何となく把握できた。そうだな…副店長は責任問題で辞表を出してもらうしかないようだ。それにしても困ったものだな、謝って小麦粉が戻ってくるのなら苦労はしない…。」
つまり、二月分のケーキ用小麦粉がすべて駄目になってしまい、今日の営業さえ危ういのだ。他の店員たちも、最悪の状況を察知したのざわめき始めていた。クロモドは考えがまとまらないのか、立ちあがって、腰に手を置いたまま静止している。
「クロモドさん、小麦粉の発注を私に任せては貰えないでしょうか?良い考えが…浮かびましたので。」
アエルロトは組んでいた手をほどくと、すっとクロモドに膝まづいた。
「汚名返上と言うわけだな…まぁ、期待はしないでおこう。」
「少し、私を侮っておいででは?それでは、諦めてイベントどころか喫茶店の経営すら打ち切るおつもりで?」
アエルロトは不敵な笑みを浮かべるとクロモドに正面から対峙する。
「今の状況ではそうせざるが得ない。ずいぶん自信があるようだな、アエルロト。」
「お任せを…。あと、1つお願いがあります。もし、小麦粉発注がイベントに間に合わせることが出来たなら、副店長がここに残れるよう考え直してください。」
クロモドは薄ら微笑を浮かべると、アエルロトから目線を移してシュバルマンを見据える。
「いいだろう。小麦粉は最低でも明後日までに用意できなければ、間に合わないことを忘れるな。」
出来なければ社長に状況説明し、エルテイル喫茶店は最悪3月まで店を閉めることになるだろう。クロモド店長もシュバルマン同様、責任問題で辞表を出さなくてはならない。このエルテイル喫茶店はチェーン店の一つなのだ、代わりの店長はいくらでもいる。
「…宜しく頼む。」
クロモドも出来ればここを辞めたくは無いのだ。チャンスがあるというのなら、それにかけても良いのかもしれない。それにしても、彼は不思議な男だ。彼なら絶対大丈夫だと思わせる何かを持っている気がしてくる。
一方、シュバルマンは彼に憤りとも不安ともつかない複雑な思いがあった。彼に全てを託していいのだろうか…この線の細い彼の背中が何だかとても大きく見えて、シュバルマンは居た堪れない気分だった。
「アエルロト…っ。」
声にならない声だった。考えることは苦手で良い策など何一つ浮かばない、何もできずに立ちつくす不甲斐ない自分を情けないと思う。シュバルマンは力が抜けたように座り込んだ。
アエルロトは優雅に皆に一礼すると、何処かへと出かけて行くのだった。
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