6.
小さなトゥリモンの前に現れた召喚獣は大きなトナカイのような生き物だった。大きな角にサングラス、黒い革ジャンと言う何ともパンクな出で立ち。その大きさは尋常ではなかった、シュバルマンの身長の3倍はあるだろう。
「誰が呼んだか分らない…愛と正義を貫くとってもクールな敵役、ルドルフ様とは俺の事だぜぃ!!」
なんだか子供番組に出てくる戦隊ヒーローの決め台詞のような文句である。
「と、トナカイがしゃべった?!」
シュバルマンが口をあんぐり大きく開けて叫ぶ。
「とても凶暴そうに見えます…皆さん気をつけてください。」
ソーマは身構えた。シュバルマンも同意したように頷く。
「召喚した主より存在感があるうえにキャラが濃いですね。」
アエルロトだけは楽しそうに笑った。
「いったい何が我が主に…ん?凶悪な人間達に苛められた?ふむふむ…。」
クリスマストゥリモンは一生懸命ジェスチャーでルドルフに状況を伝えているその姿は可愛らしい。
「なに~~ぃ!お前らよくも我が主に危害を加えやがったなぁ!この可愛い姿をストーキングした挙句、拉致しようとするなんて……くっ!この人間のクズがぁぁーっ!!絶対に許すわけにはいかないぜぃ!!」
自分よりも小さいこのトゥリモンを我が主と呼んでいるのか…そして状況が悪い方に脚色されている。なんだか全てにツッコミを入れたくなるなぁと思いつつ、3人は笑いをこらえるのに必死であった。
「プ…えっと…たぶん誤解だっ!とりあえず話を聞いてくれ。」
シュバルマンは一歩前に出た。
「サンタクロースさんから盗んだプレゼントを返して欲しいのです。」
ソーマの言葉にルドルフのサングラスが光る。
「ぷれぜんとぉ?!それは我が主の大切な獲物だ、すなわち返すわけにはイカ~んっ!」
突然、ルドルフは長い腕を激しく振り回す、その攻撃でソーマの体が吹き飛んだ。
「ソーマっ!」
シュバルマンとアエルロトの声が重なった。ソーマは気を失っているのか動かない。慌てて二人が駆け寄るとソーマは直ぐに目を開けた。
「すみません…油断しました。」
「大丈夫ですか?どうやら、彼らは素直に話を聞いてくれないようですね。」
「少し懲らしめるしか無いようだなっ!」
シュバルマンは剣を握りしめるとルドルフに飛びかかった。しかし、ルドルフの大きな手のひらに叩かれ、シュバルマンの体は大木の幹に打ちつけられた。
「くっ…!さすが最強のトナカイと謳われるだけあるな。」
シュバルマンの騎士の魂に火がついたようだ。ゆっくりと身体を起こすと再び剣を握りしめて立ち向かっていく。ソーマも加勢するようにシュバルマンの後を追っていった。
「はっはっはーこんな攻撃効かないぜぃ!!」
「それならこれでどうだっ!」
激しい攻防戦は続く、剣と拳がぶつかり合って火花が散った。
アエルロトは戦いには加わらず、静かに様子を見つめていた。ルドルフの攻撃は強力だが空振りが多く、良く見ると動きも無駄が多い。シュバルマンの動きに翻弄されている事は確かだが、体力が高く一向に倒れる気配が無い。
「これは……ソーマさん、妙案が浮かびました。」
アエルロトの言葉にソーマは足を止める、不敵に笑う黒色の彼の瞳が鋭く光るのだった。
7.
アエルロトは急いでソーマに耳打ちをすると、驚いた顔をしたソーマは黙って頷く。
「シュバルマンさん肩を借りますっ!」
シュバルマンは状況が掴めず、きょとんとした顔だ。ソーマは助走をつけて走り出すとシュバルマンの肩を踏み台にして、ルドルフの顔の位置まで飛び上がった。
「なっ…!」
ルドルフは不意を突かれて動きが鈍る、その瞬間を彼は逃さなかった。ソーマは素早くルドルフのサングラスを奪い取った。
「うあぁぁぁ~んっ!」
目を押さえるルドルフの体が、みるみる縮んでいった。その様子を見守っていたクリスマストゥリモンが慌てふためいている瞬間を、シュバルマンが虫取り網で捕獲する。
「アエルロト…一体どういう事だ?」
シュバルマンとソーマは夢でも見ていたかのように不思議そうな顔で首を傾げた。
「いえ…私は何も。しかし、予想外の展開でしたね。」
実際、妙案を考えたアエルロト自身が驚いていたのだった。
「どうでもいいよぉ~サングラス返してよぅ~~えーん。」
そう言ったルドルフの姿は一般のトナカイに戻っている。情けない涙声で口調も何だか弱弱しい。
「うーん。ルドルフさんの動きから、一目瞭然でしたね…。」
注意深く戦いを観察する中、アエルロトは一つの核心を得た。ルドルフの動きが粗雑に見えるのは顔を庇おうとしているからではないか…と。そして、暗くなった森の中で全く攻撃をシュバルマンに当てる事が出来ないのに、サングラスを取ろうとしないで戦い続けている事。つまり、サングラスがルドルフの弱点ではないかと思ったのだ。
「サングラスが無いと力が出無いんだよぉ…今までやっていた悪い事は謝りますから、どうかサングラスを返して下さい…っ」
「いや、返したら態度が元に戻るんだろ?!」
シュバルマンが呆れたようにため息をついた。
「ルドルフさんトゥリモンさん、何でサンタクロースさんのプレゼントを奪ったのですか?」
ソーマはなだめる様にモンスター達に声をかける。トゥリモンのジェスチャーを通訳しつつ、ルドルフが少しずつ話し始めた。
「だって…。サンタクロース様は人間の為に贈り物を配っているけれど、人間達は僕たちの事なんて考えてはくれない。姿の見えないサンタクロース様を信じようともしないのに。それなのに…なんでサンタクロース様は人間の事ばかり想っているのだろう。いつも手伝ってる僕達の事…サンタクロース様はどう思ってるのかな。プレゼント無ければ仕事も無くなって、クリスマスもゆっくりお話出来ると考えたんだ。」
「そう…だったのか。」
シュバルマンは複雑な表情だ。
「だけど、子供たちの為に用意されたプレゼントを独り占めするのは良くないですね。このプレゼントを二人で返して、きちんとサンタクロースさんに謝らないと。」
ソーマは言い聞かせるように言った。
「僕たちの事、許してくれるかな…。」
「それは、きっと大丈夫ですよ、サンタクロースさんは優しい方ですから。」
アエルロトの言葉にルドルフとトゥリモンは空を仰いだ。寒々とした澄み切った夜空には満点の星と大きな月が輝いている。
8.
村に急いで戻った3人は仲間達と再会した。皆は3人の帰りが遅いので色々な場所を探してくれていたのだった。ピンコはもの凄い剣幕で怒っていたが、皆は快く迎えてくれた。さっそく、夕飯の暖かいクリームシチューを食べながら事の経緯を説明する事となった。
「えぇぇぇっ!結局、そのクリスマストゥリモンとルドルフからプレゼントを取り返さないで、サンタクロースの下に帰らせたの?」
ピンコはシュバルマン達の首根をガクガクと振り回した。
「大丈夫だっ!十分あいつらも反省していたし、サングラスは俺がこうして持ってるからな。もう悪い事はしないだろう。」
シュバルマンは苦しそうに咳こみながら、何とかピンコの攻撃に耐えた。
「でも、サンタクロースさんの姿を見る事が出来なくて、少し残念でした。」
ソーマは小さくため息をついた。
「やっぱり、ソーマもサンタさん見たいよね~。こんな近くに居るんだから、私の所にもプレゼント持ってきてくれないかなぁっ!」
「そうですね。」
ソーマとピンコは顔を見合わせると楽しそうに笑った。
「サンタクロースだなんて…意外とマセガキも子供っぽい事を言うようだ。」
病み上がりのクロモドが呟くように嫌味を一つ。
「…大魔法師先生は目に見えるものしか信じられないんだっけ?」
ルコが意地悪な笑顔で尋ねた。
「無論当然だ…。そう言えば、父からはクリスマスプレゼントなど貰った覚えが無いな。」
そう言ったクロモドの顔は無表情で、何処か遠くを見つめていた。
9.
寝静まったクリスマスイブの夜、遠征隊の面々も安らかな寝息を立てている。ルコは足音を立てないように部屋に忍び込むと、枕元に小さなプレゼントを置いていく。
「ナギも粋な事をするよね…皆の為に内緒で手袋を編むなんて。」
そう、ルコへの頼み事は遠征隊みんなへのクリスマスプレゼントをクリスマスイブの夜に、枕元に置いて欲しいというものだった。確かに、その仕事は忍びのルコが適任である。
「彼女は器用だな、ルコも少しは見習ったほうがいい。」
ミミはルコの顔を見るとニヤリと笑った。
「人間には向き不向きがあるのっ!昔お姉ちゃんに教えてもらった時も才能無かったんだよね~…。」
ルコはため息をつくと最後の部屋に向かった。大魔法師クロモドの部屋、大きな番犬は餌で釣るとしても、厄介な結界が敷かれているかも知れない。慎重にドアを調べてから危険が無い事を確認し、注意深くドアノブを回した。
「あれ…居ない。アルポンスもいないじゃない!」
一気に拍子抜けしたルコは肩を落とした。荷物はそのまま残されているから、遠くには行っていないだろう。しかし、こんな寒い夜に病み上がりの身体で何をしようというのか。とりあえず、彼を探すのが先決だ。ルコはコートを羽織ると外に飛び出した。
クリスマスイブの今日は一段と冷えている。教会鐘の音がクリスマスの始まりを知らせている、暖かな蝋燭の明りだけが闇夜を照らした。
「アルポンスこの寒気は今年一番の寒さ…そこで一つ提案だ。お前のその暖かそうな毛皮を剥いでコートにしたらきっと暖かいと思うのだが。」
「くぅぅぅん?!」
クロモドの言葉にアルポンスは涙目になる。
「主の為に犠牲になる、それが使い魔の務めだ…案ずるな、痛みなど感じる間もないだろう…。」
アルポンスが鋭い爪で身構えた、向き合ったクロモドの眼鏡がキラリと怪しく光る。
「きゃうぅぅぅん!!」
アルポンスの悲鳴が響き渡る瞬間、ルコの蹴りで大魔法師は尻もちをついた。
「メリークリスマースっ!良い子にしないとプレゼント貰えないぞ?」
その時、アルポンスにはルコが女神のように見えたという。
「…ど、どうしてここに?」
「それはこっちの台詞よっ!風邪だって治ってない状態なのに、外に出たりして何のつもり?!」
ルコは凄い剣幕で言い放つと、クロモドは言い訳もせずに黙ってルコの言葉に耳を傾けていた。
10.
「何のつもり…か。」
ぽつりとクロモドは呟くと闇夜の空を見上げた。
「本当にアルポンスの毛皮でコートを作製しようとしていたんじゃ…。」
ルコはジロリとクロモドを睨みつける、アルポンスは再び涙目である。
「まさか、ただの暇つぶしの冗談だ。しかし、皆には迷惑をかけたからな…お詫びにプレゼントに成りそうなものを探していたのは事実だが。」
クロモドは真顔で言うから困る、どこから冗談なのか本気なのか全く掴めない。
「ルコこそ、こんな夜に何をしている?私に用があるとは思えないが…。」
「大ありよっ!クリスマスプレゼントを渡そうとしてたんだからっ!」
言ってしまってから、しまったと口を押さえるルコだった。きまり悪そうにプレゼントを渡すと、彼女の前でクロモドはプレゼントを開く。
「手編みの手袋だな。ん…このハーブの香りは……おおかたナギに頼まれて皆に配って歩いていたと言うところか。」
頭の良い男は何だか不愉快だ。
「悪かったわね、私からのプレゼントじゃなくてっ!でも、ナギはずっと前から用意していたんだから、素直に受け取りなさいよ!」
プイっと顔を背けるルコ。
「有り難う…ルコも…な。」
この手袋は手が温かいだけではなく、心まで温かくさせるようだ。クロモドはルコの頭をそっと撫でた。
「うぅ~寒いっ!」
冷たい風が肌にしみる。ルコは手袋をした手で体を擦るが全く温かくならない。
「当然だ、冬だからな。」
クロモドは自信満々に言い放った。
「もー気が利かないなあっ!アエルロトは迷わず自分のジャケットを差し出してくれたのに。」
ルコは呆れ顔で大きくため息をついた。アルポンスも否定するかのように鳴きだした。
「……なにぃ?!」
自分の耳を思わず疑いたくなるほど困惑してクロモドは叫んでしまった。慌てた様子を隠しきれず怪訝そうに聞き返した。
「まさか、受け取った…のか?」
「どうだろう…夜更かしの悪い子には教えてあげなーいっ!」
「ワンワーンっ!」
ルコがクロモドをすり抜ける様に走り出すと、アルポンスも一緒になって走り出した。
「そこは重要だぞっ…ルコ!」
ルコを問い詰めようと追いかけるクロモドを、ルコは素早くかわした。二人の楽しそうな笑い声が寒空の夜に舞い上がる。代わりに空からは白い花弁のような粉雪が舞い降りてきていた。
「あれ、今年も魔法で雪を降らせてくれたの?」
ルコの不思議そうな顔にも粉雪が付いている。クロモドは小さく微笑すると空を指差した。
「私の魔法では無い。空を見てみるといい…これはサンタクロースの仕業だ。」
「クロモドはサンタクロース信じてないって……えっ…嘘みたい本物?!」
クロモドの指さす先には、満月に照らされたサンタクロースのそりが小さく見えた。サンタクロースの隣にはクリスマストゥリモンが笑っている。
「不思議…まるで光の花が踊っているみたい。」
今日は雲ひとつない晴天、変わらぬ姿でタルタロス結界陣は美しく輝いているというのに、雪雲のない空から粉雪だけが舞い落ちる。雪の結晶が月の光を浴びてキラキラと流れ星のように輝いて見えた。
魔法で創られた幻想なのか、それとも現実の出来事なのか……今は考える必要などないだろう。神秘的なこの風景は、まさにサンタクロースの贈り物なのだから。
【おしまい】
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