1.
その喫茶店は駅前のにぎやかなデパート街から外れて、静かな住宅地の間にひっそりと佇んでいる。派手な装飾は一切なく、趣のある洋風な建物は一見お店だと気づかない人も多い。建物のフェンスには蔦薔薇が絡まっており、春と秋には綺麗な花を咲かせるので女性に人気がある。人ぞ知るOLの隠れ場的喫茶店なのだ。
まだ朝日が上がったばかりの早朝、玄関にかかっている看板はクローズのままだが、中には既に人がいるようである。男は店のテーブルに腰をおろしているが、広げた書物とメモでテーブルが埋まっている。
カランカラン・・・心地よい音でドアベルが鳴った。
「て、店長っ!もしかして徹夜ですか?」
朝一でシフトをとっているバイト店員が出勤してきたのだ。緑色のショートカットの少女でくりっとした瞳が印象的である。彼女の名前はルコ。バイトにいておくのはもったいない、働き者の活発な少女だ。
「…もう、朝か。」
ルコは店の中の状況みて驚いた様子を隠しきれない。広がった書物とメモ紙の山は床にまで散らばっていた。男は銀色の髪の毛を掻きあげると、持っている懐中時計で時間を確認する。
「ほら、暖炉もつけないで…いくら節約だからって風邪引いちゃうよ、クロモド店長。」
ルコはテキパキと床に落ちていた書類と、落ちていたコートを拾うとクロモドに手渡した。
「君の出勤時間は1時間先のはずだが?もう少し遅く来てもらってかまわないんだ。あらかじめ断わっておくが、早出の手当ては出せな…」
「わかってますって、クロモド店長。自分で勝手に早く来ただけ。気にしないで!それに、店長がそんなに頑張ってるのに、下っ端が頑張らないわけにはいかないよね!」
ルコの元気な笑顔にクロモドは薄く微笑むと、何か言いたげに口を開いたが、ルコは一目散に制服に着替えるためにロッカールームに向かってしまった。
「頑張ってる…か。」
まだ、新しいイベントのアイデアさえも、思いつかないというのに。自分は店長としての役割を本当に果たせているのだろうか。クロモドの表情は少し曇った。
「アルポンスっ!開店までに片づけろ。万が一、出来なかった時には…わかっているな?」
憂さ晴らし(?)のために召喚されたアルポンスは悲痛の雄たけびを上げる。
「おはようございます~。うわぁ~店長、この床どうしたんです?」
大きなコック帽から覗かせる瞳は怪訝そうだ。この喫茶店のシェフは一見小さな女の子だが、騎士達にしごかれていたせいか腕は立つ。
「気にするな、問題無い。それより、ナナシェフ…今回のイベントの件です。レシピの提出を早・急・に・お願いしたいのだが。」
クロモドは表情のない厳しい口調で言い放つ。右手でメガネを直すとレンズが鋭く光った。一人と一匹は身を縮ませると、小言が始まる前に急いで持ち場に走り去るのだった。
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