[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
サクラ舞う頃。 ~それでも私は…いつまでも待ち続けるから。~
「来年の桜の花が舞う頃に、また、必ず此処でお会いできることを…。」
寒さも緩んで、華やかな花の香を纏った風が春を連れてくる。桃色の花弁が一つ、手のひらに舞い落ちた。
「春…ですね。」
近くに桜の木があるのだろうか。周りを見回すが、それらしき樹木は見つからない。
「アエルロトさん、何をしているんですか?」
声をかけられた漆黒の髪の男は、声の主に顔を向ける。
「いえ、ソーマさん…なんでもありませんよ。」
アエルロトの言葉に、青色の少年は不思議そうに首をかしげたあと、早く来ないと置いてかれちゃいますよ。と言い残し、皆のところに急いで戻っていく。
彼の小さな背中を見ながら、アエルロトは柔らかな笑顔を浮かべる。手の中の花弁を握りしめると、皆の後を追って歩き出した。
町の入り口を抜けると、目の前に飛びこむのはピンク色の世界だった。桜並木はこの村の名所で、この時期は沢山の花見客で賑わう。
「バルマ~ン!!私も花見がしたい!!」
楽しそうにシートを広げて花見をしている花見客の中には、家族で美味しそうなお弁当を広げている姿もあった。ピンコは力いっぱいシュバルマンの腕を引っ張った。
「お、おぅ…。花見をするのは構わんが、何で急に?!」
シュバルマンは痛そうに腕をさすりながら叫んだ。
「ピンコ…。」
ピンコの羨ましそうな表情にいち早く気づいてイリシアが複雑な表情を浮かべる。
「僕は桜の木を見るのも初めてなので、花見というものをしてみたいです。」
ソーマが直ぐに話を繋げた。彼は桜の木が珍しいのか、舞い落ちる桜の花びらを掴もうと手を伸ばす。
「私も初めてですっ!この木は『桜』というのですねっ!」
ナギもソーマと一緒になって花びらを追っていった。
「私もわたしも~っ!」
ピンコもナギとソーマの輪に入って行った。
「ソーマとピンコならまだしも…ナギさん子供じゃないのに、このはしゃぎ様は一体何なんだ?!」
シュバルマンは呆れ半分の驚き顔でツッコンだ。
「たまには休憩もいいのではないですか?シュバルマンさん。」
アエルロトは皆のはしゃぐ姿を見ながら笑顔で言った、シュバルマンも仕方なさそうに肯定するのだった。
「ようこそ、旅人の方々この桜の名所、桜花楼にようこそおいでくださいました。」
急に声をかけられたシュバルマンは不意をつかれた表情になる。白髪に長い白ひげ、一見仙人にも見える老人がこの村の村長らしい。
「こちらの方は、魔法師様とお見受けしますが?」
クロモドを見て、村長は怪訝そうに尋ねる。
「いかにも、その通りだが。」
村長の問いにクロモドは無表情で答える。もっと愛想よく出来ないものなのかと、シュバルマンはため息をつく。ソーマもその様子を見ながら苦笑いを浮かべてしまった。村長は恐縮したようにオドオドしている。
「村長さん、何かお困りなことでも?」
ソーマが直ぐに助け船を出した。
「はい。無理を承知でお願いしたいのですが、こちらの木を見ていただきたいのです。」
村長さんに案内されて遠征隊一行はその場所に向かう。桜並木を抜けて、村の丁度東の外れにその木はあった。
大きな古い枝垂れ桜だが、村の桜は全て花をつけていたのに、この木は蕾さえつけていない。とても寂しげに佇むその姿は、沈黙を保ち、しんっと静まりかえり寒ささえ感じた。
「この木は昔からこの村を守ってきた護り桜だったのですが…タルタロス結界陣が出来てから、このように花が咲かなくなってしまったのです。」
村長は桜の木を見上がると、綺麗な花を咲かせていた頃の事を思い出し、寂しい表情を浮かべる。
「この木は枯れてしまったのですか?」
ソーマが桜の木に近づこうとした瞬間、アエルロトが腕を掴んで止めた。
「いけません!この木には結界がかけられています。」
「え?!」
ソーマを静止したアエルロトのマントが結界に触れ、一瞬、桜の木の周りに光の壁が見え、稲妻のような音を立ててマントの端が破れた。
「強力な魔法結界だ…よく気がついたな。」
クロモドの言葉にアエルロトは笑って返す。
「いえ、ただの剣士の感です、あぁ…お気に入りのマントが残念なことになってしまいましたね。」
クロモドは無言のままアエルロトを見据えたが、何も言わずに結界の様子を調べ始めた。ソーマは済まなそうにアエルロトに頭を下げている。
「…何か分かりましたか?」
村長と他の仲間たちが注目する中、クロモドは難しそうな表情を浮かべて呟く。
「この木に花が咲かない直接の理由は、この木にかけられている水属性の魔法結界で間違いない。」
「それでは、結界を解けば桜は再び咲くのですか?」
クロモドの言葉に、村長の顔は明るくなる。
この枝垂れ桜が咲かないという事で村長だけでなく、村人たちも不安を抱えている。一刻も早く元通りの姿を見たいと願っているのだった。
「しかし…申し訳ないが、私には解く事は出来ない。」
クロモドはきっぱりと言い放った。
「えぇ?!大魔法師様でも解けない魔法ってあるの?」
思わずピンコが叫んだが、クロモドは首を横に振ると反論もせずに口を閉ざした。
「そうですか…ありがとうございました。」
シュバルマンがお役に立てなくて申し訳ないと頭を下げると、皆が次々に村長さんを励ます。
「再び、あの頃の護り桜を貴方がたにもお見せしたかった。」
そう言って笑う村長の微笑には悲しみが浮かんでいた。クロモドの態度に少し違和感を覚えつつ、遠征隊一行も渋々その後を追っていった。
「アエルロトさん、こんな夜に何処に行くつもりですか?」
夜も更けた旅館の部屋、シュバルマンは大きないびきをかいて寝ている。アエルロトがマントを羽織って出て行く姿を見たソーマが声をかけた。
「起こしてしまいましたね…申し訳ありません。眠れないので散歩をしようかと。」
そう言って笑う彼の顔が何だか曇っているように見えるのは気のせいだろうか。
思わず、ソーマはベットから起き上って駆け寄ると、彼の黒いマントを掴んでいた。自分のせいで焼け千切れたマントの切れ端を確認するように掴んでいた。
「必ず戻ります…大丈夫ですよ。夜桜を観に行くだけです。」
アエルロトがそう言っても、手を放す事がソーマには出来ない。
何故だかわからない。このマントの切れ端のように何かが断ち切れそうで、不安で仕方なかった。
「仕方がありませんね…今回だけ特別です。夜更かしを許しましょう。」
ソーマの必死な表情に、アエルロトは負けたのか小さくため息交じりに微笑んだ。
夜桜は月明かりに照らされて薄紫に染まって見える。他の桜の木は満開の花を咲かせているのに、この一番大きな護り桜だけが花をつけていない。アエルロトは再びこの木の下に立ちつくしていた。
「この木は村の人々にとってとても大切なモノなのだそうです。タルタロス結界陣ができるまでは、とある女神様がこの枝垂れ桜を愛していた…この木が村を護れるよう祝福を与えていたそうです。」
「結界を解いてあげる事が出来ないのが、悔しいです。」
ソーマの言葉にアエルロトは難しそうな顔で腕を組んで考え込んでしまう。
「難しい問題ですね…この木は大変古いものなので、安易に結界を解くと、この木自体が風化する可能性があります。だから…クロモドさんは自分には解けないと言ったのでしょう。」
結界を解けば再び花をつけるかもしれない。しかし、女神の祝福を無くした枝垂れ桜にその力が残っていない事に、クロモドは気づいていた。
「このまま様子を見届けることしか、私たちには出来ないのです…。この立派な桜の木はきっと満開の時期にはとても綺麗だったことでしょう。私には…なんだか他人事のように思えなくて…私はこの木の傍から離れられなかったのです。」
桜の木を見上げるアエルロトの寂しそうな笑顔にソーマの胸が痛んだ。
長い間、枝垂れ桜は枝だけのまま時間を止められている。誰が何のために結界を張ったのだろう。
『来年の桜…が……また…お会い…事を…』
不意に声が聞こえた気がして、ソーマはあたりを見回した。アエルロトとソーマ以外には誰もいないはずだ。
「何か・・・聞こえませんでしたか?」
アエルロトには聞こえなかったようだ、首を横に振っている。
不意にソーマは桜の木を見上げた。何かが光った。目を凝らして見ると、枝にたった一つだけ桜の花をつけている物を発見して手を伸ばす。
「どうか、しましたか?」
彼の言葉も耳に入らずソーマは吸い込まれるように、その枝に触れた。
電撃が走るような光がソーマの体を突き通る。そのまま彼の体が魂が抜けたように崩れる。アエルロトはその体を抱きとめるとそのまま地面に倒れこんだ。
「ソーマさん目を開けてください!ソーマ、しっかりしろ!!」
彼の小さな体は徐々に冷たくなっていく。アエルロトは必死に叫び続けていた。